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    『夏芽楽団交響曲 “誕生”』

    どろりとした暗黒が、唯音の手を血色に染めた。

    ああ、あああ。

    唯音は声をあげ、ヴァイオリンを落とした。

    がしゃぁああああん…。
    硝子が砕けちるような音がして、
    いたる暗闇から、顔が浮かび上がった。

    唯音の音楽によって、破滅した人たち。

    唯音は、その記憶を失っていた。

    唯音の両親は、神々と「約束」したのだ。
    唯音の記憶を封じ、これからは、誰も死なないようにすると。
    そう、自分たちの命と引き換えに。

    約束を破った者は死ぬ。
    それがこの、<朝顔の世界>のルールだ。
    でも、唯音の両親は、もっと過酷な約束を選んだのだ。

    破っても破らなくても、死ぬ。

    神々の力をたとえ一部でも、
    なかったことにするには、それしかない。


    唯音の呪いを解くには、それしかなかったのだ。

    どんな悲劇だろう。
    唯音が天才的な音楽の才能を秘めて誕生していなければ。

    <朝顔の女神>に愛されなければ、世界律は狂わなかった。

    もしそうじゃなかったなら。
    唯音がもっと平凡で、普通だったなら。

    たくさんの見知らぬひとを殺めることなく。
    見知ったひとも、大切な家族も、なにひとつ失わずにすんだのだ。

    唯音の手がもとの雪みたいな白磁色に戻ると、
    唯音は抱え込むようにわたしの顔を抱いた。

    「夏芽。ぼくは君を壊したくない。壊したくないんだ…っ」

    恐ろしい顔たちは、即座にみえなくなった。

    きっと唯音は泣いている。涙を浮かべて、助けを求めている。

    ああ―。唯音。
    あなたは、こんなに痛くて、苦しくて。

    ―なのにそれでも、わたしを守ってくれようとするんだね―。
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