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    04

    『夏芽楽団交響曲            “メサイア”―“清らかな女神よ”』




    「ひとつ、言っておきますわ」

    ハルピィアが、振り向いた。

    「わたくしは貴方が嫌いですの。

     救いがたいほど甘ったれていて、
     夢見がちで―…気軽に命をかける。

     まるで、約束を―自分の命を、
     自分だけのものだと思っているかのよう。

     貴方様は、裏切られ、
     失意に染まる者の気持ちがまるでわかっていらっしゃらない。

     そう、それ以前に、想像すらできない。

     自分がとほうもない罪を犯していることを。

     あなたは自らの浅はかな行動の責任をまるで気にかけず、
     まるで息をするように他人を愛する。

     愛された人間は、当然期待します。
     ずっと、愛されることを。
     約束を、守ってもらえることを。

     でも、貴方様は、あまりに軽々しく、
     自分の命をかける、などとそらぶく」

    磨き抜かれた薄紅色の瞳のなか、
    黄金色の瞳孔が、さっと真紅に染まる。

    「もう、わかっているでしょう?

     貴方様の本当にしたいことは、
     愛することでも、救うことでもなく…
     愛され、救われ、低俗な自らを慰め、甘やかすことだと…!」

    「…」

    夏芽は、黙る。
    そして、口を開く―。







    「…そうだよ。」

    ぼくは、目を見開く。
    夏芽の表情は、驚くほど静かだった。

    「わたしは、愛されたがりだよ。
     甘ったれているし、甘やかされるのもだいすき。
     誰かに愛されたくてたまらなくて…だから、わたしは愛する。
     まるでそれが当然みたいに」

    ひっそりとしたその声は、
    心を濯(そそ)ぐ、一陣の風のようだった。
    森の奥へと吹き込む、涼やかな風。


    それまで見下したようだったハルピィアが、
    わずかにその空気を変える。

    嘲(あざけ)るように、罵(ののし)るように浮かべていた笑みが、
    かすかに、疑問の色をあらわす。

    「…そうなんだ。
     ハルピィアさんの言ってることは、まるで正しいよ。
     わたしは、これまで、わたしを騙してた。
     そんな事実、つらいし、呼吸を失うくらい、認めたくなかったから。

     きっと、本当のパパとママを失った日から、
     わたしの体は、からからに乾いて、砂漠みたいに…
     愛情欠乏症になっちゃったんだ。
     苦しくて、悲しくて、誰かに助けてほしかった。

     …お義母さんとお義父さんは、最初からそれに気づいてた。
     なのに、優しい手で触れてくれた。抱きしめてくれた。

      “あなたは、愛される価値がある。
       素晴らしい子だよ、私たちの子どもだよ”、って…。


      『きっと大丈夫。
       すべては、女神さまの言うとおり。

       あなたは、すぐに、愛することができる。

       だって私たちの…“愛は、笑顔は、最強だから!”』



    「…そう、そう笑ったんだ」

    夏芽は、言葉をつまらせながら言った。
    その瞳は、いまにもこぼれ落ちそうなくらい潤んでいた。

    「だからね。わたしは決めたんだ。
     もう、子どもみたいにだだをこねて、
     欲しがるだけのことはしません。

     してほしいことがあったら、自分からします。

     愛されたいから、愛します。
     優しくされたいから、優しくします。

     だけど、その代わり、
     相手にしてもらうのを待つんじゃなくて、自分からします、って―」

     
      『だから神さま、わたしに愛をください。
       わたしは、やっぱり、愛されたい!
       わがままでごめんなさい、でもそれがわたしなんです…!!』


    うなだれるようにうつむき、しかしきっぱりと夏芽は言った。
    口元は、夏芽らしくなく、自らへの皮肉を感じさせるものだった。

    わずか数秒、沈黙が下りる。

    目を上げた。
    ハルピィアをみつめた。

    その瞳はまだ潤んでいたが、
    決意を感じさせる、しっかりとした目つきだった。

    「―わたしは、そう約束しました。
     それがわたしの、生まれてはじめての約束でした。

     わたしは、なんの力も持っていません。

     唯音みたいに作曲やバイオリンの才能があるわけでも、
     烈火みたいに周りを魅力するプリマドンナでも、
     有斗みたいに奇跡みたいな七色の歌声が出せるわけでも、
     エマみたいに賢くて毅然としているわけでも、
     永遠音ちゃんみたいに、
     バレエ界のエトワールとして認められているわけでもない。

     無力だけど、無謀だけど、でも、恥ずかしいなんて思わない。
     だって、だからこそ、自分のすべてをかけられるから。

     ―約束できる。命がけで。
     ―だってそれだけしかできないから。

     それが、わたしに使える、たったひとつの魔法だから…」



    「…そうですか」

    ハルピィアは、それきり黙った。
    やがて背を向け、言う。

    「…ならば、貴方は貴方にできることをしてくださいませ。
     わたくしは謝りません。その代わり、貴方様にこれを託します」

    ハルピィアが、自らの両翼を大きく震わせた。

    きらきらと、朱金の鱗粉が散り、
    それを凝縮させたような、ひとつの鍵が姿を表した。

    「これは、わたくしの管理する、
     <アカシャの図書館>の書架に至る鍵ですわ。
     これを持ちいれば、この世のありとあらゆる知識と真理のうち、
     ただひとつを手に入れることができますの。

     いいですか、繰り返しますが、選ぶことができるのは、一度きり。
     それが、最初で最後のチャンスですの。
     よくお考えになり、そして…必ず唯音様をお救いくださいませ」

    くるくると回りながら落ちるそれを手にした夏芽は、
    ぎゅっと胸に抱きしめた。

    「…うん」

    そして、笑った。それは、晴れやかな笑顔だった。
    目の端には、輝く朝露。

    …ああ、とぼくは鳥籠の柵を握りしめた。




    君は人も、運命も、呪ったりしないんだな。

    どんなに痛めつけられようとも…けして、恨んだりしない。

    それがたとえ、悪意でできたものだったとしても…
    その底に、一片の善や、意味のあるものならば、

    あるいは、自分に至らないところが少しでもあったなら、
    すべてを受け止め、飲み下し、襲いくる闇ですらも、糧とする。

    君は…なんて強く、尊く…美しいのか。
    ぼくは、ぎゅっと柵を握る。


    いつか、そう遠くない未来、
    君はぼくの前から羽ばたいていってしまうだろう。
    世界の調律者…女神として。

    ヴィオロンは、夏芽を選んだ。

    <なにも奏でないのにすべてを奏でるタクト>…
    世界を調律する神器を、託した。


    そう、君は…ぼくの手の届かないところへ、行ってしまうんだ―。

    ぼくの背中から、燐光が舞う。

    この体に宿る、残酷な女神の祝福が、銀色の翼に形を変える。

    “―ならば、ぼくにできることは…”

    きぃいいいん…。
    耳障りな音と共に、ぼくを閉じ込める鳥籠が震え、砕けてゆく。

    金色の破片が、雪のように、桜のように舞い散り、
    ぼくの周囲をまわりだす。


    ―愛することが怖いか?

    ―失うことが怖いか?

    …自らのすべてを、解放することが、恐ろしいか?


    ―すべてイエスだ。

    それでも、君がたったひとりで、
    世界のすべてに立ち向かうならば。

    ぼくは君の片翼に―<翼>になろう。

    君の、守護者に。

    生まれながらに、呪いにも似た祝福を受けたとはいえ、
    ただの人間であるぼくが、
    ハルピィアやリリカのような人ならぬ存在になろうとしたら?

    きっと、もう、後戻りはできない。

    それでも、君が女神という名の孤独に身を浸すとしたら、
    ぼくにできることは、ぼくがすべきことは、ひとつしかない。

    ―破壊する。

    破壊と創造の神に、ぼくはなろう。

    呪いと祝福に満ちた夜の夢の世界、<常闇>の神々も、
    もとは人だったという。
    世界は違えど、彼らにできるなら、ぼくにもできないはずがない。

    神々になる条件。
    それは、多大なる祝福の代わりに、途方もない呪いを戴くこと。
    茨の冠を被り、運命に列すること。

    きっと、神々すらも、そのさらに上の存在に支配されるだけの、
    操り人形にすぎない。

    それでも、君が、人々のために<十字架の人柱>となるなら―
    ぼくも、その痛みを引き受けよう。

    君だけを、<メサイア>にはしない。

    君が苦しむなら、ぼくも、一緒に苦しもう。
    君が喜ぶなら、ぼくも、喜ぼう。

    もう、ぼくたちはひとりじゃない。
    ふたりでひとつの存在、一柱の両翼だ。

    …これが、ぼくなりの覚悟。

    …―そして、ぼくにできる、最初で最後の<約束>だ―…






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