FC2ブログ
    --

    スポンサーサイト

    スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    08

    『夏芽楽団交響曲 “ラ・カンパネルラ”』



    わたしは、白い道を歩いていた。
    ずっとずっと、ずっと。
    どれくらい歩いたんだろう。
    長い道のりのなか、たくさんのわたしの姿を横切った。
    産声をあげるわたし。
    よちよちと歩くわたし。
    幼稚園の門の前でピースをするわたし。
    泣くわたし。
    笑うわたし。

    すべて、どうでもいい。
    何も、感じない。

    よくできた映画のフィルムみたいに、
    繰り返される人生の劇。

    これが、神さまなんだ、とふと思う。

    自分のことさえ他人事。
    でなければ、どうして人の人生を弄(もてあそ)べるだろう。

    烈火は言った。

    あたし達は、この世界を観測する存在、<エヴェレット>の愛し子。
    特別に選ばれて、特別に、異なる世界を旅することができる。
    多大なる犠牲と引き換えに、選択することができる。

    どの世界を生きるのか。
    どう生きるのか。
    どう死ぬのか。


    鏡の外、自分こそが世界の主役のように、
    おかしな悲劇や喜劇に興じる人々を、
    エヴェレットは、永遠にみつめる。

    無感情に。
    あるいは、呆れながら。
    それでいて、面白そうに。

    いつしか世界は、緩やかに崩壊をはじめた。

    観察者が手心を加えた砂糖菓子の世界では、人々は驕(おご)り、
    やがて、約束という魔法があれば、
    自分達には何でもできると信じた。

    箱庭のなかで、自分こそが支配者だと、
    神々などもういらないのだと、思い込んだ。

    愚かな人類。
    あまりにも、楽天的な人々。

    美しいもののみが集められた朝顔の世界は、
    過剰なほど優しく、柔らかく、ゆえにぬるすぎた。

    多くの神々は、つぎつぎに消えていった。
    人々に望まれなければ、信仰されなければ、
    神々など、存在する価値を失う。

    最後に残った、真なる神―運命の女神は、
    とうとう人間たちを見放した。

    ついに、この朝顔の世界の内部から、神は消えた。
    力の源を失った世界は、もう朽ちるのみとなった。

    崩壊間近な世界は、最後の希望―新たな女神を求めた。

    人類のなかで最も、愛という莫大なエネルギーを備えた、人柱を。

    それがなぜわたしだったのかなんて、ぜんぜんわからない。

    ただ、くじ引きに負けてしまっただけな気もするし、
    ぼんやりとだけど、それが義務で当然なのだという感覚もある。

    どんどん抜け落ちてゆく感情。
    このまま歩いて、なにがあるの?
    わたしは、なんのために、歩いてきたんだろう―?
    死ぬために?
    生きるために?
    ―いや、理由なんて、もうどうでもいい。

    わたしは、きっと、頑張りすぎたんだ。

    愛が欲しかった。
    与えることの喜びを知った。
    それは、無償の愛なんて言うには打算的で、
    無意識なわがままだった。

    ハルピィアさんに言われてはじめて、
    わたしは、わたしのほんとうの正体を知った。

    それは、遅行性の毒みたいに、ゆっくりと、でも容赦なく、
    わたしを蝕(むしば)んでいった。

    なんて、醜いんだろう。
    …なんて、厚かましいんだろう。

    ―知りたくなかった。
    願わなければよかった。

    『笑顔は、愛は、最強なんだよ!』

    ほんとうに?

    それはただ、そう思いたかったからじゃないの?

    お義母さんやお義父さんの真似をすれば、褒めてもらえるって、
    愛してもらえるって、思ったからだよね?

    誰かのためとか、そんな立派なものじゃなく。

    わたしは、ただの、愛されたがりで。
    からっぽの、からからの…、
    “飢え渇く子”<ロスト>にすぎなかったんだ…。


    どこからか、失われた旋律が聞こえてくる。
    ロスト。
    ロスト・プレリュード。

    <失われた序曲>。













    「あの日、音楽喫茶<カフェ・ボンソワール>を訪れたわたしは、
    風変(ふうがわ)りなマスター・酩酊博士に出逢い、
    愛と音楽にあふれた、<朝顔の世界>を知った。

    昼(げんじつ)の世界と、朝顔の世界は、
    まるで重なり合うように、同一化していった。

    ―そう。
    …そうだったんだ。
    わたしがなんで、朝顔の世界に呼ばれたかは、
    考えてみれば、わかりきったことだったんだ。

    朝顔の花言葉は、<愛情の絆>、そして、<固い約束>。
    愛に飢え渇く子ども達のための世界、
    それが朝顔の世界だったんだ。

    わかっていた。
    わかっていたよ。

    わたしが、何を失っていたか。
    お姉ちゃん。
    ―春花お姉ちゃん。

    パパとママを失ったわたしの、たったひとりの血のつながった家族。
    お姉ちゃんが交通事故で死んでしまったあの日、
    わたしは、ほんとうの“飢え渇く者”<ロスト>になっちゃったんだ。

    新しい家族、義理のお母さんも、お父さんも、優しかった。
    わたしにも、お姉ちゃんにも、たっくさん、愛情を注いでくれた。

    “愛は、笑顔は、最強なんだよ”

    そう、言ってくれた。
    優しくてあったかい、魔法をかけてくれた。

    だからわたしは、まだ幼稚園児でしかなかったわたしは、
    “泣き虫の夏芽”から、“元気で明るい夏芽”に戻ることができた。

    でも。
    でもね。

    違うんだよ。
    それは、本当は、あの日、
    酩酊博士の喫茶店から聞こえてきたあのメロディーによって、
    お姉ちゃんの記憶を喪失<ロスト>したから、
    忘れていられた、封じ込められていた、
    自分も周りも騙せていただけだったんだよ。

    でも。

    本当は、ほんとはね。
    ―怖かった。

    本当の家族の代わりなんて、どこにもいない。
    誰にもなれない。

    パパとママの代わりも、お姉ちゃんの代わりも、世界中、一周したって、
    一生、探し続けたって、いない。いるわけがない。

    もう、わたしに、本当の家族はいない。
    だから、朝顔の女神さまは、わたしを呼んだんだ。

    失われた愛を、美しい世界を、わたしにくれるために。



    喉がからからに乾き、そのまま、膝をつく。


    はだしの足にじゃりじゃりとしたものが、まとわりつく。
    ―砂だ。
    わたしは、気づけば、広大な砂漠のなかにいた。
    足元が崩れる。
    渦を巻くようにして、飲み込まれていく。

    目の端から水分が流れ落ちる。
    からっぽのはずの胸が軋む。

    わたしは、やっぱり、神さまになりたくない。
    無理だ。
    わたしには、たったひとりで、ひとりぼっちで、
    皆を見守ることなんてできない。
    ―こわい。
    ひとりはいやだ。
    寒い。
    寒いよ。

    もう、いやだ。



    ―助けて…。



    おかあさん。おとうさん。
    …パパ、ママ。





    …―“唯音”。




    声なき声で叫ぶ。


    体中で、助けを呼ぶ。

    ゆいね。
    ゆいね。

    …ゆいね。





       「    ゆいねえ…!!    」






    (あ…?)

    ふと、足元の砂の崩壊が止まる。




    ―どこからか、声が聞こえた。

    …涙が出ちゃうくらい、きれいなアルトが。





    「~♪」

    それは、“ル”



    「♪♪~」

    それは、“ラ”


    「―――」




    (( …カンパネルラ…。 ))




    カァァン…ごぉおんごおん…。

    耳を打つ、轟音。


    「―――」

    「―――」

    「―――…!」




    “なつめ”

    “なつめ”

    “なつめ…!”



    鐘が鳴るほうを振り向いた。

    高い、高い、時計塔。
    その最上階には、大きな白い鐘。

    そこに、誰かがいる。

    絹のようなプラチナブロンド。

    雨上がりの若葉みたいな瞳。

    お人形さんみたいなその子が、こちらをみて言った。

    「―夏芽!!」

    嬉しくて、嬉しくて、たまらない…!

    そんな、溢れ出す光のような笑顔。

    手を差し伸べて、こちらに何かを投げかける。

    導かれるように差し出した手の上に、
    きらきらした白金色の何かが落ちてくる。
    そっと、握ったその時、温かいなにかが流れ込む。

    「約束しよう!!君を生涯愛しぬく!
    憂鬱な雨も、残酷な嵐も、冷徹な吹雪も、君には届けさせない!
    ぼくが君を守る!この手に掴んだ…名声も!
     この身に宿りし神の祝福も!…全て、君に捧げよう!
     フレデリック・フランソワ・ルートヴィヒ・ヴァン…」


    掌がどんどん熱を帯びる。
    それに応えるように、身体がどんどん熱くなる。

    記憶の洪水が、わたしを飲み込む。


    『夏芽。君は本当に婦女子か!』

    『夏芽。今日も宿題を忘れたのか。
    ―仕方ない。ぼくが教えてやるから、今からノートに取りたまえ』

    『もっと慎みを持ってくれ!だから、手を握るなと何度言ったら…!』

    『夏芽。今日の君は…いや、今日は太陽が眩しいな』



    『…言わせてくれ。ぼくは、君のことが…!』


    最後に、ちらりと頭を掠めた記憶…。

    『なつめ。大人になったら、ぼくはきみをおよめさんにする。
     きみはどうせわすれるだろうが、ぼくはおぼえているぞ。
     ―やくそくだ。ぼくはきみを…』

    「フランツ・ペーター・ヴォルフガング・アマデウス…ショパン!
     4つの生を奏で、女神の福音を宿せし者…、
     この名に誓い、君を守ろう!!
     
     …夏芽―、受け取ってくれ…!これがぼくのすべての旋律だ…!」


    唯音の喉から、音の洪水が溢れ出す。

    たくさんの、知らない曲。
    そのなかに散りばめられた、あまりに有名すぎる曲たち。

     雨だれ。
        飛翔。
          運命。
            英雄。
              ―熱情。
        
                       
        ―…そして最後に奏でられた曲…―。

                  
    唯音の魂の旋律、

        (   ( ((  ―“誕生”―。  )) )   )





    ああ、とわたしの両目から、熱い雫が溢れ出す。

    そうだね。“唯音”。
    …きみが、わたしの、“片翼”だったんだ。

    この世界で、唯一、わたしを呼び戻す音。

    “祝福の鐘<ラ・カンパネルラ>”


    飛べないわたし達は、いつだって、誰かを求める。
    一緒に大空を飛んでくれる、唯一無二の、誰かを。

    そう、自分だけの、“片翼”を―。

    こくり、とわたしは頷いた。

    世界が切り取られたように縮小していく。

    唯音が展望台から飛び降りる。

    ゆっくり、ゆっくり縮んでゆく視界のなか、
    すべての音が小さくなってゆく。

    とうとう、ひとつだけになった旋律が、
    わたしの中に吸い込まれる頃、唯音はふわりと舞い降りて、
    わたしの手にその繊細で、すべらかな指を絡めた。

    「―帰ろう。世界の音楽はすべて君のために。
     4つの魂は、今、君に捧げられた。
     これからは、君が奏でてくれたまえ。
     ―新世界を彩る、新しい交響曲を」


    「唯音、わたしは…」

    「―わかってる。神様になんてならなくていい。
     ぼくがなんとかしてみせる。
     …いや、ぼく達が、なんとかしよう」
     
    少し恰好(かっこう)をつけすぎた、と唯音は笑う。
    そして、涙をぬぐい、最後に、こう言った。

    「“世界よ、止まれ”。
     ぼくも、夏芽も、神にはならない。
     ―朝顔の女神様。もう気はすんだだろう?
     もう、ぼく達は、あなたを忘れない。
     あなた達を、ないがしろにはしない。
     だから、ここで打ち止めだ。
     ぼくには五つも魂はいらない。
     この余った四つの魂と、彼らが奏でたすべての音楽を譲ろう。
     <楽聖>でもなく、<詩人>でもなく、
     <神童>でもなければ、<王>でもない。
     ぼくは、ただの“唯音”でいい。
     夏芽を救う、それだけの音がいい。
     
     だから、朝顔の女神…誰より美しく尊い、夏芽のお母さん。
     ―ぼく達を許してくれ。
     ぼくらは愚かで、すぐ調子に乗り、同じ過ちを繰り返す。
     
     だが、あなたの夫がそうであったように、
     ぼくらも、新しい世界を欲している。
     こんな甘やかされた世界ではなく、時には苦い、本当の世界を。
     
     …ぼく達に必要なのは、
     エヴェレットの慰みの箱庭(おもちゃばこ)ではなく、
     もっと苦く、苦しく、ゆえに尊い、本物の世界だ。

     女神“メリーアン”。
     空橋…芽守(めもり)さん。
     
     どうか…この世界を、終わらせて欲しい。
     ぼく達に、新たな世界を託してほしい。
     …そして…」
     
     
     まどろみのなか、わたしは、懐かしいあの子の夢をみる。
     賢そうな若葉色の目をした、可憐な子だ。
     
     失った記憶は、いつか返ってくる。
     ほんとうに必要なその時のために、大切にしまわれているんだ。

     ロスト・プレリュード。
     約束の旋律。

     辛く苦しい現実を忘れさせてくれる、魔法の音。

     そうだね、酩酊博士。
     わたしは、神さまには、ならないよ。
     だって、わたしは…。





    関連記事
    スポンサーサイト

    comment

    post comment

    • comment
    • secret
    • 管理者にだけ表示を許可する