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    27

    『夏芽楽団交響曲 “展覧会の絵”~アメイジング・グレイス~


    「ええ、そうよ。
     しばらく反省するがいいわ。話はそれからよ」

    私はそういうと、踵(きびす)を返し、
    いまだ沈黙するふたりを後にする。


    私のお節介は、ここまで。
    お互いに思いあっているあの兄妹のことだ。
    ここまで本音を引き出ししてやれば、
    あとは自力でなんとかできてしまうだろう。

    もしそれでもダメなら、夏芽がいる。
    誰よりお人好しで賢いあの子なら、
    きっといちばんの解答にたどりつける。


    私は、ふたりを甘やかさない。
    あの日の私を、甘やかさない。

    過去の私。
    私の命を救い、その代償により、
    私以外と会話するすべを失ったリリカを、わたしは憎んでいた。

    感謝だってしていた。だけど、その献身は、私には、重すぎた。

    相手を思ったはずの犠牲が、時に相手のなによりの負担となり、
    その心を死なせてしまうことを、私は世界で一番、知っていた。


    ―だから私は、これからリリカのもとへと行く。





    夕暮れのカフェ・ボンソワールからは、
    あの懐かしい旋律が流れてくる。

    ロスト・プレリュード。

    <喪失の調べ>


    リリカがあの日千切った片翼が、私の胸から目を覚ます。

    思い出す。
    あの残酷な、穢れきった世界を。
    焦げ付くような赤黒い夕日のなか、血まみれで倒れていた朱い鳥。

    <リリカ>

    わたしを救った、朱雀であり、鳳凰でもある、眩いあなた。

    凍りついたように息を止める私の心臓は、
    今、ひりひりとした痛みをはらみながらも、脈打つ。

    一瞬後、私の背中から、赤黒い翼がはためく。

    片方の翼。
    血まみれの翼。


    わたしの前も、後ろも、右も左も。
    360度、万華鏡のように変化してゆく視界。


    そう、ここはもう、朝顔の世界だ。



    『 エマ 』

     


    ほっとしたような、嬉しそうな声が聞こえてくる。

    瞬間、私は優しく抱き締められる。

    背に片方だけの朱金の翼を咲かせ、リリカはその身体を現す。


    『わたしのことを、おぼえていてくださっていたのですね…』


    柔らかな微笑みを咲かせ、リリカは涙をにじませる。

    慈しむような、感じ入るような、穏やかな表情。

    凛とした切れ長の瞳は、これ以上なくとろけそうに細められていた。




    「―忘れるわけないわ」

    忘れられるわけない。
    愛しいリリカ。
    私のために全てを捧げてくれた、リリカ。

    「リリカ、私は、あなたにずっと言いたかったことがあるの」

    『なんですか、エマ』

    優しく私の頭を撫で、目をつぶったまま、
    寄り添うように首を傾けリリカは言う。

    ―ああ、リリカは、きっと、ぜんぶ、わかっている。
    わたしが、これから何を言うか、何で苦しんでいていたか。


    「あなたは、酷い悪人だわ」

    『……』

    続きを促すように、リリカは黙る。

    「あなたこそ、大罪人だわ。
     あなたはそうやって、私からすべてを奪って、善人面するのね」

    リリカは、そっと身体を放し、微笑みながら、私の瞳をみつめる。

    「もう、わかってるんだから。あなたは四つの世界を渡る聖霊。
     いくら傷ついていても、
     その身体を修復するのはたやすかったはずよ。
     
     私の胸の刻印を消し、世界を渡るのに、
     いくらなんでも私としか会話できないなんて代償は大げさすぎる。
     
     あの時あなたの躰(からだ)がボロボロに傷ついていたのは、
     偶然だったかもしれない。
     だけど、自分にそんな代償をかしたのは、わざとでしょう?

     あなたは、ただ人間達を観察するだけの人生に飽いていた。
     誰かを愛したかった。そのうえ、愛されたかった。
     それだけじゃない。自分だけ、みていてほしかった」
     
    目を細め、沈黙を通すリリカ。

    その面(おもて)は、愛おしい我が子をみつめるような、
    どこまでも美しく穏やかな微笑みに縁取られている。

    わたしはため息をつくと、顎を引き、
    まっすぐリリカの瞳をみつめる。

    「―でも、私は、あなたを責めない。
     これ以上、あなたの好きにはさせない」

    そう言い放つと私は、リリカから、距離を取る。

    リリカが、たった一瞬、
    ほんのわずかに首をかしげるのを、私は見逃さなかった。

    リリカに、突撃する。

    全身で、リリカにぶつかる。
    衝撃で、リリカの身体が傾ぐのを確認して、わたしは笑う。

    『エマ…?』

    私は、泣いていた。 泣きながら、リリカに抱きつく。
    抱き締められたリリカの不思議そうな顔に、私は笑う。

    「あなたがすきよ。大悪人のリリカ。
     私を愛するためだけにバカな賭けをした、
     バカみたいな大罪人の、バカリリカ。
     だいすきよ。今更、嫌いになれるわけないじゃない」

    『…エマ、わたしは…』

    「いいの。真実なんて、どうでもいいわ。
     私が信じるのは、私の気持ちだけよ。
     あなたの本音なんて、聞きたくない。
     私は、そんなもの、ほしくない」

    『エマ…』

    リリカは、私を抱きしめ返した。
    おずおずと、そして、力強く。

    『…わたしは、あなたを、愛しています。
     これまでも、これからも。昨日も明日も―
     過去も、未来も、いつまでも。
     …それだけは、誓わせてください』

    リリカの身体が朱金の輝きを放つ。

    朝顔の約束。
    命がけの、誓約。
    破ったらこの世から、リリカは消える。
    最初から最後までリリカは、ずるいまま、優しいまま、
    卑怯なほど、私を愛するのだろう。

    それだけはきっと、嘘じゃない。

    それだけはリリカは、嘘をつけない。

    私は、一呼吸すると、身体を離した。

    「バカなリリカ。
     私は、もうあなただけのエマじゃない。…烈火の物になったのよ」
     
    そうして、世界で一番、意地悪な顔をしてやった。

    「―残念だったわね、バカなリリカ」

    涙を浮かべながらも、憎たらしく、笑いながら、繰り返す。

    これが、私がリリカにできる、最初で最後の仕返しだ。

    そうよ。私は、物わかりいいただの良い子じゃない。
    あなたのことを、一生許さない。

    「…ええ」

    それだけ言うとリリカは、そっと微笑んだ。

    花開くような、控えめな笑みだった。

    それは間違いようがなく、嬉しそうな、笑顔だった。

    <それでいいのです、愛しいエマ。>

    口に出さなくても、わかった。

    私達は、最初から最後まで歪だ。

    でも、それでいい、と思った。

    果てしなく不幸だった私達は、こんな風にしか、互いを愛せないのだ。

    けれど、烈火が私に恋をして、私が烈火に恋をした今でも、
    リリカは、私を嫌いになったりしない。
    永遠に、私だけを愛する。

    それがリリカの愛、そして<贖罪>なのだ。









    それからしばらくたった、6月の夕暮れ。
    烈火の妻となったわたしは、美しい赤毛の女の子を産むことになる。

    名前はもう決まっていた。

    “凛々花”。

    凛と咲き誇る、どこまでも愛に満ちた朱い鳥。

    ―私は、あなたを忘れない。

    どれほど時が経ち、狂おしいほどの渇望から解き放たれ、、
    朝顔の世界にゆけなくなった今でも、私は、時々あなたを思い出す。

    その優しい青い瞳を、柔らかな抱擁を、
    残酷なほど身勝手な愛のすべてを。

    朝顔の世界。
    ロスト・ワールド。
    愛に飢え渇く子ども達の楽園。

    約束という命がけの愛で、満たしあう美しい世界。
    ―あなたにふさわしいのは、そんな甘ったるい世界だわ。

    四つの世界を渡り、
    ただ機械のごとく人々を見つめ続けた孤独なあなたは、
    たったひとりの少女に永遠を誓い、
    最期までその少女を愛しながら、眠りについた。


    「―永遠の愛。
     …永遠の眠り。
     どこまでも、あなたはバカだったわね」

    揺り椅子に座り、私は、過ぎた記憶にまどろむ。

    朝顔の世界は失われたが、きっとそれは消えてしまったのではなく、
    永遠となったのだ。

    「…でも、優しかったわね。
     最初から最期まで、変わることなく、愛し続けてくれた」

    私はふと、空になった鳥籠に目を移す。

    娘のリリカが拾ってきった、傷ついた赤い野鳥。

    ある日いつの間にか、いなくなっていた麗しの小鳥。

    鳥籠が空になっているのに気づいたその瞬間、
    よぎったたくさんの想いを、今でもすべて鮮明に思い出せる。

    落胆、諦め。
    喪失感、悲しみ。
    そして、震えるほどの歓喜。

    あの日、あの時、あなたが私を助け、救い出してくれなかったら、
    私は、烈火の妻でも、夏芽の友人でもなく、
    ただの家畜として、昼蝉の世界に閉じ込められたまま、
    むなしくのたれ死んでいただろう。


    「だから、あなたは、きっと、これでよかったんだわ」

    言い聞かせるように、そうつぶやく。


    ―愛してくれて、ありがとう。
    …救ってくれて、ありがとう。

    ―出会ってくれて…、ありがとう。


    そう。リリカ。
    あなたは、もう自由。
    永遠の翼を得たのよ。

    だからもう…私を愛し続けなくて、いいの。


    「ごめんなさい、リリカ…」

    溢れだしそうな嗚咽(おえつ)をこらえる。


    ―憎んで、ごめんなさい。
    …許さなくて、ごめんなさい。

    あなただけを愛せなくて、ごめんなさい。

    でも…。

    あなたは…きっと。
    笑いながら、こう言うんでしょう。



    (―大丈夫。)

    (わたしは、あなたを愛しているんですから)
     
    (いつだって、悪いのはわたし、そして、あなたが、わたしの正義です)
     

    (―だからエマ) 

    (…愛しいエマ。)
     

    (―わたしと出会ってくれて、ありがとう。)

      (…わたしを救ってくださって、ありがとう。)
     
           (…わたしを愛してくれて…、)


    (それだけで、わたしは、
     もう一生飛べなくても、この先一生、誰とも話せなくていい)


    (だから、何度だって、言いましょう)

    (あなただけが、わたしの希望。)

    (わたしのひかり。)
     
     
        ((そして、わたしの、わたしだけの、救世主<メシア>です))




    ―ええ、そうね、リリカ。
    あなたがそうであったように、
    私にとってのあなたも、そうだったのよ。

    バカなリリカ。
    愛しいリリカ。

    私の、私だけのリリカ。

    あなたを愛しているわ。
    いつまでも、永遠に、限りなく。

    近いうちに、あなたに会いにいきます。
    心配しないで。寿命よ。

    あなたのためではないのよ。

    私は、私のために、
    あなたがそうであったように、
    私のためだけに、あなたに会いにゆくのだわ。

    だから、待っていてね、リリカ。
    あなたに言いたいこと、言ってやりたいこと、たくさんあるのよ。

    でも、今は…これだけ。





          ( ( リリカ。私はね…。 ) ) 








       fin.

                                 










    ねえ、リリカ。
    あなたは、しあわせだったかしら。

    私は、しあわせだったわ。
    これまでも、きっと、これからも。
    だって、あなたがいてくれたもの。

    あなたが私を救ってくれたあの日、
    あなたが私を愛してくれたあの時から、
    きっとすべてははじまっていたのね。

    ええ、そうよ。
    あなたは、常闇のものがたりの、
    <紫のしっぽのあの子>みたいに、
    永遠に朽ちない魔法をくれたのだわ。

    そうして、わたしはようやく気づいたの。
    展覧会の絵を眺めていたわたしは、もうとっくの昔に、
    ものがたりのなかに入ってしまっていたのね、って。

    そう。あなたは、わたしに覚めない夢をくれたのだわ。


    P.S. 最後まで嘘をつかなかった、憎らしい、あなたへ。


    “ねえ、私は、いいヒロインになれたかしら?”









                       








                (( ―ええ、エマ。
                    あなたこそ、
                    わたしの最高のプリンセスです― ))












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