--

    スポンサーサイト

    スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    20

    『夏芽楽団交響曲 “展覧会の絵” ~魔法使いの娘~』

    私は、孤独だった。
    別に、不自由ではなかった。
    誰にもとらわれず生きてゆくのは、気安かった。

    例外はいた。
    たったひとり、私を愛してくれたひと。
    リリカ。
    あなたは私の胸の焼き印をけしてくれ、
    私の守護者になってくれた。

    でも、それは幸福な結末を生まなかった。

    残酷な子どもたちが大人達を支配する昼蝉の世界から、
    抜け出した私は、翼となってくれたリリカから、
    声を奪ってしまった。

    私以外の誰とも話せない。そんな対価があると知っていたら。

    いや、それでも私はきっとリリカに甘えてしまっただろう。

    リリカにとっての私は、命の恩人で、唯一の存在だった。

    それは、ちっぽけな私には重すぎた。

    私にはきっと誰も愛せない。
    その資格がない。
    リリカ以外に愛されることすらも罪だと思った。

    私は、もう、なにも奪いたくないのだ。
    地獄のような昼蝉の世界から解放されただけよしとしよう。
    この朝顔の…美しい世界にいられるだけで。

    彼らをみつめているだけで、じゅうぶんに、私はしあわせだ。

    そんな世界に、その子は現れた。





    小麦色の肌。
    くりくりとした瞳。
    ちっちゃくて、元気で。

    お日様に溶かした蜂蜜のような甘い笑顔。

    夏蜜柑のように爽やかで、
    甘酸っぱいにおいのする子だった。

    空橋夏芽、という名を聞いた時、納得してしまった。

    人と人との深いへだたりに、いともたやすく橋をかけてしまう子。

    大空の虹のように、希望にあふれていて、夏のようにまぶしい子。

    みずみずしい若葉のように生き生きとしていて、
    宝石のような涙を流す子。

    そんなイメージが、全身からあふれて、私の心は揺れた。

    そしてそのわずかな隙間から、
    そよ風のように、なんの不快感も与えず、その子はやってきた。

    「その本、面白い?」

    好奇心と無邪気さの固まりのような笑顔で、
    “空橋夏芽”は見上げてきた。

    二択で答えられる気軽な質問だった。

    「…興味深い内容よ」

    「きょうみ…エマって頭良さそうなしゃべり方するね!」

    「―そうかしら」

    「そうだよ!」

    ストレートにほめてくる。
    しかも、なんのてらいもなく、本心から言っている。
    しっぽをふる子犬並みにあからさまな子だった。

    (…可愛い)

    どれだけ純粋培養すればこんな子に育つのだろうか。

    「よかったら、あなたも読む?」

    するりとその言葉が出たのは、自分でも意外だった。

    「いいの?やった!!」

    言って、ぴょん、と跳ねる。


    (…大げさな子。)


    でも、不思議とばかにする気にはならない。
    むしろ、胸の奥がくすぐったかった。

    「ええーと、なになに…。
     多世界解釈についての…。こぺんはーげん解釈が…、
     波動関数で…、…??なんだこりゃ!さっぱりわからん!!」

    目をぱちくりしてから、ぎょっとした表情で、
    文字通り丸投げする夏芽。

    「『エヴェレットの多世界解釈』…あなたには難しすぎたかもね」

    くすくすと笑い出す私に、

    「いや!気合い出せば読める!ねばーぎぶあっぷ!
     今日貸して!明日までに読んでくる!!」

    と鼻息を荒くする夏芽。

    「…え…400ページあるけど…」

    「大丈夫!たぶん!太陽は必ずのぼる!」

    よくわからないやる気をみせて、
    こぶしをにぎった夏芽は意気揚々と帰った。

    翌日、目の下にくまを作ってふらふらする夏芽は、

    「よくわからなかった…。
     ぎゃくせつ的に、エマがすごいのはよくわかった…」

    とちょっと賢くなっていた。

    微笑ましい、と素直に思った。
    私はもうそれだけで夏芽のことが好きになった。

    こんなに簡単に、
    人を好きになることができるのだと、わたしは驚いた。

    夏芽が特殊なのだと気づいても、少しも失望しなかった。

    愛によって織られた美しい朝顔の世界においても、
    夏芽はとびきりだった。

    なんて美しい、なんて可愛らしい、なんて愛おしい。

    私は、羨望と共に、あらためてこの世界をまぶしく思った。
    自分とは違いすぎる、
    けれど、絶望よりも甘く、やさしいこの世界。

    こうしてその産毛のようなあたたかさにくるまれていれば、
    それだけでもう、じゅうぶんだった。


    …はずなのに。





    ~つづく~





    ☆★ランキングに参加しています!★☆
    ↓ぽちっとクリック・拍手等していただけると、
     とってもとっても励みになります!



    br_decobanner_20120205210256.gif


    関連記事
    スポンサーサイト

    comment

    post comment

    • comment
    • secret
    • 管理者にだけ表示を許可する