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    24

    『鏡の森のエトワール』 ~第10話 “嵐の晩にさよならを”~

    辿りついたそこは、森の開けた場所だった。

    (大きな、木だ)
    まるで、神話のはじまりから存在する“世界樹<イグドラシル>”のような、
    物々しく、神々しい、美しい白樺の木。

    その下に、一輪の花が咲いている。
    可憐で、聖なる女王のような、白い花。

    「……?」

    ふっと、その花が消える。

    そこに、小さな人影があった。

    花だと思ったのは、少年だった…。
    ―なんていったら目か脳の病気のようだけど、
    確かに、花と少年は同じもので、
    あるいは少年こそがその花の化身のようにみえた。


    その夜の涙のような瑠璃色の髪と、甘くかなしい月を宿した銀色の瞳。
    ―間違いない。

    「―月花…!」









    「エト…!」
    月花は、微笑った。
    メランコリックな無表情がほどけて、花が咲いたようになる。

    「どこにもいないから、心配したよ!
     てっきり、誘拐されたかと思って、気が気じゃなかった。
     ―? …でも、きみなんでこっちの世界に…?」

    不思議そうな月花。
    でも、わたしのことを、ぜんぜん疑っている風じゃなかった。
    月花は、知らない。
    わたしが、魔王をすきになったことを。
    月花を、裏切ったことを。

    ごくん。
    つばを飲み込んで、いまさら自分が緊張していることを知った。

    「つき、か…」

    出てこない。
    何度も反芻(はんすう)して、覚悟を決めたセリフが、ひとつも。

    「…エト…?」

    月花が、眉をひそめる。

    言わないと。
    なのに、喉が震える。
    息が苦しくなる。


    「っつき、か…!」


    「まだ迷っておるのか」
    深みのあるバリトンが響く。

    ふわり、とその巨体を現し、スノゥは言った。
    灰がかったサファイヤをはめこんだような瞳が、
    粉雪のごとく輝くまっさらな身体を引き立てるようにきらめいた。

    「お前がどうしても言えないというのなら…我が言ってやってもいいのだぞ?」

    「―あんた誰?」
    がらりと変わった月花の態度に、わたしは驚く。
    そこにあるのは、明確な不信感と敵対心だった。

    「我を知らぬか、月光蝶。…我は“イドール”。
     ―すべてを映す者にして、冬の主。凍れる神池(しんち)に住まいし、偶像の王」

    「イドール…?」
    月花とわたしの呟きが重なる。
    違ったのは、月花の口調が、
    疑問だけではなく、確信をも抱いたものであったこと。

    「…“イドール”…“映すもの”…鏡池の主か。二千年以上生きた、霊鳥。
     その姿は神に似るとされる、永遠に解けない雪の象徴…」


    「いかにも。そなたはまだ賢きようだな。
     しかし、お前は知らないだろう。
     自らが、しょせん道化を演じるにすぎぬ、愚か者だということに…」

    「―なにを…」

    「―待って!!」
    わたしは、声を張り上げた。

    「……待って。わたしがぜんぶ、言う…っ」

    自分で、けりをつける。
    もう頼らない。
    都合のいい助け舟なんかに、もう甘えたりしない。


    「わたしは……月花のお嫁さんにはなれない―!!」


    びりりと震えるような大声に、月花が目を丸くする。

    「―どうしたの、エト。お嫁さんなんて…」


    「―わたしは、月花の彼女では、いられない…!!」


    「……え…?」

    月花が、うろたえたように、身体を揺らす。

    「それって…どういう…」


    「わたしは…っっ、魔王に…魔王に恋をした!!
     だからわたしは…月花に…っ」


      



    「 “さよなら”を、しないといけない…っ 」





    「さよなら…っ?それじゃあ…」
    月花の顔がゆがむ。

    「ぼくの事が嫌いになったんだ…!?」

    月花が言う。
    非難するように…ううん、裏切られたみたいに。

    「―ちがう」
    「じゃあ…なんで?」

    「…魔王をすきになった」

    それしか言えなくて、胸をかきむしる。

    「―魔王を?」

    その瞬間、月花の顔は確かに歪んだ。

    「…じゃあ、ぼくはもう用済みなんだ…?」

    (ちがう)
    って、言いたい。
    月花が、ずたずたになってしまう前に。

    (―だけど、違わない)

    裏切ったのは、わたしだから。
    ごまかしなんて、卑怯なこと、しちゃいけない。

    そんな中途半端な同情をふりかけたら、
    こんどこそ、月花は、ばらばらになってしまう。

    (…どうしよう)

    胸が不自然に脈打つ。

    どくどく。どくどくどく。

    (―どうしよう!!)
    月花を苦しめたくない!

    だけど、わたしは、魔王をすきなわたしは、
    もう月花のそばにはいられない。

    すきもキスも、もうひとつだって、
    受け取れない、受けとっちゃいけない!!

    「エト」

    すがるように、月花が手を伸ばす。

    「つき、か…」

    怯えたように、わたしは立ちすくむ。

    あと1メートル、30センチ、もう、その指が頬に触れる…。

    「―その娘に触るな」
    激しい雷光が、月花の指をかすめた。

    「―魔王…!」

    月花の顔が、驚きと怒りに染まる。

    「私の、花嫁に触るな」

    ゆっくりと言い直す魔王に、月花はぎりり、と歯を食いしばった。

    「魔王…っ!!」

    今度の言葉には、はっきりと憎しみが満ちていた。

    「ぼくから、一番大切なものを奪うんだ…!?」

    「そうだ」

    「ぼくを、ひとりにするんだ…?」

    「……」

    「答えてよ、魔王。
     あんたは、すべてを奪ってきたくせに、
     すべてを手に入れなきゃ気がすまないんでしょ」

    「…ずっと、考えていた。
     私は、お前とエヴェリーナ、どちらを大切に思うかと。
     答えは出でなかった。
     ゆえに私は、とんでもない暴挙に、消去法に至った。
     どちらを選べば、その者はしあわせになれるか?
     その問いの愚かさに気づいたのはついさきほどだった。
     
     眠る私の頬に、触れたものがあった。
     その時、想いが、なだれこんできた。
     その者の抱く旋律が、共鳴したと言っていい。
     私はは、驚いた。
     その者が抱いていたのは、怒りではなく、慈しみだった。
     答えを聞きもせず、その者の幸福を決めつけ、
     記憶を奪い、切って捨てた。
     その私を、その者は、許すばかりか、優しい手で触れ、口づけたのだ」


    (それって…)

    「私はとうとう、結論をみつけた。
     私には、どちらかなど、選べない。
     また、選ぶべきではない。
     それは、私の命に等しく、比べるなどおこがましい、私の宝、なのだと」

    「…なにそれ」

    月花の拳(こぶし)が握られる。
    俯いた月花は、憤っていた。


    「私の宝はもう、この世にふたつだ。これ以外はもういらない。
     だが、私の宝が欲するなら、私はすべてを与えてやりたい。
     ―私の、命でさえも」

    「……っ」

    月花は、一瞬だけぼう然とした顔をした。

    「…じゃあ、ぼくは、そのふたつを奪う。
     あなたがぼくから奪った物を、ぼくは取り返す―!!」

    「月花…!」

    賭けだそうとしたわたしの前に、銀色の柵が現れる。

    「……っ!」
    しゃらん。銀色の鳥籠が、わたしを閉じ込めていた。

    「おまえはそこで傍観(ぼうかん)していろ」

    魔王が目配せをする。

    「そんな…魔王!」

    がんがんと鉄柵を叩いても、ただ手が痛くなるばかりで、
    壊すどころか、びくりともしなかった。

    (―どうしよう)

    月花には、魔王の想いは伝わっていない。
    魔王の言っていることが、理解できていない。

    激昂(げっこう)している月花には、
    もう、どんな想いも、届かない―。

    「―魔王…ッ!」

    月花のまとう空気が変わる。
    ごうっ。
    嵐のような風が吹き乱れ、同時に様々な種類の青色の蝶が、
    おそろしい勢いで出現し、魔王に襲いかかる。

    「効かぬな」

    魔王はうっとおしそうにそれらをはじく。
    ただ触れただけで、その蝶達は無残な灰となった。

    「…く…っ、まだまだ…っ…!」

    今度は、蝶達が巨大化し、銀色の鱗粉(りんぷん)を撒(ま)いた。

    魔王の動きが止まる。

    月花は、魔王の後ろを取った。

    「―覚悟してもらうぞ…っ!」

    次の瞬間、月花は、地面にたたきつけられた。

    「…う…ッ」

    「月花…っ!」

    月花の腕が、足が、血にまみれている。

    まるで、刃物で一センチごとに切りつけたかのようなひどい傷だった。

    たった一瞬で、月花はもうぼろぼろだ。
    青い鮮血が、まるでなにかの芸術<アート>のように、床に流れ出す。

    一方、魔王は無傷。

    魔王は、ゆっくりと月花に近づく。
    月花は倒れたままだ。

    (これじゃあ、月花は…!)

    予想に反し、魔王は寸前で立ち止まった。
    そして、うずくまる月花に手をさしのべる。

    「…これでわかったろう。おまえは私に敵わない。
     永遠音<エヴェリーナ>は私のものだ。
     ―しかし、魔王は、おまえを殺さない。
     生きろ。グンジョウ。おまえは、私の…」

    その瞬間、月花の瞳がかっとひらかれた。

    鮮血が舞う。
    青じゃない。
    鳩(はと)の血のような、鮮やかな真紅。

    数瞬後、月花が握りしめたていたのは、魔王の目玉だった。

    「魔王…っ!」

    わたしは叫ぶ。
    魔王の、赤紫色の右目がない。
    そこはもうからっぽだった。

    魔王は、血のしたたる片目をおさえた。
    なのに、動揺したのは月花のほうだった。

    信じられないような顔で、奪った眼球をみつめている。

    「なんで…」

    そして、悔しそうに顔をゆがませ、魔王をにらんだ。

    「―なんでだよ…ッ!!」

    月花は、そのままきびすを返し、走り去った。
    ややあって、蝶達が彼を追い、あとには静寂(せいじゃく)が戻った。

    それは、魔王と月花の、見まごう事なき離別(りべつ)だった。

    鳥籠(とりかご)が霧のように消える。

    「…魔王」

    魔王は、右目をおさえながら、しばらく立ち尽くしていたけど、
    わたしの声に振り向くと、悲しそうに微笑った。

    「―すまなかったな。私は、ひどいことをした」

    月花にも、おまえにも。
    そういって、魔王は、右目をなぜた。

    「―痛かったろうな…」

    言葉を失って、わたしは魔王に触れた。
    その腕は、目と違ってけがをしたわけでもないのに、
    だらりと力をうしなっていていて、わたしは泣きそうになった。

    ごめんね。魔王。
    わたしこそごめんね。
    月花のことが大切だったのに。
    わたしは、魔王から月花を奪って、月花から魔王を奪ったんだ。

    その後、魔王は家来を総動員して月花を探したけれど、
    月花はみつからなかった。

    嵐のような夜だった。
    静寂すらも暴力のような、冷たい夜だった。






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