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    01

    『鏡の森のエトワール』~最終話 “エウカリスティアには遅くない”~

    「―グンジョウ」


    そこに現れたのは、金色のローブをはためかせた男だった。
    黒瑪瑙<オニキス>色の黒髪が、
    月に照らされ、共に、艶(つや)やかにはためく。

    青紫色だった左目は、今やローブと同じ、金色に輝いていた。
    どんな高価な金粉をまぶしても、きっとこうはならないだろう。
    荘厳(そうごん)で、流麗で、暴虐(ぼうぎゃく)的なほどの、王者の証。

    この世のすべての力を凝縮し、
    月を支配し、太陽をも傅(かしず)かせるような…
    ―絶対的な存在が、そこにはあった。

    その存在に、わたしは、助けを求めた。


    「―魔王…っっ…!!」








    わたしは、全身で叫ぶ。
    この身体がばらばらになったっていい。
    だから月花を―わたしの大切なひとを、助けて―!!

    「ま、おう……?」
    月花も、息も絶え絶えに、答えた。



    「―魔王、月花が…っ! 早く、早く治さないと…っ!!」

    「―わかっている」

    だが、魔王は、ただ苦しむ月花をみつめるだけだ。

    「魔王…!? なんで、みてるだけなの…っ!?」

    「―我が家系は、不死だ。
     母親は子を産めば長く保(も)たず、
    父親は我が子の継承を以(も)って死ぬ。
     ゆえに、魔王は保って、以って、持つ。
     他から奪い続け、生き続ける。それが魔王の不死たるゆえんだ」

    「―語ってる場合じゃないよ…っ! 月花はもう…っ」

    「…だからこそ、私は、この心臓を、
     母から受け継いだこの生命力<エナジー>と、 
     父から譲り受けた王の心臓を―我が家系の秘匿(ひとく)してきた、
     歴代魔王にのみ存在する、ふたつめの心臓を、守ってきた」

    「魔王…!」
    わたしの非難に、魔王は、揺らぎもせず、ただ月花をみつめる。

     
    「―ゆえに問う。“グンジョウ”。…おまえは生きたいか」

    「……ぼくは……」

    わたしは、いまさら気づいた。
    魔王が、魔王が言っていることは…。


    「―ぼくは、生きたい」

    月花は、朦朧(もうろう)としているような目で、それでも、言った。

    「…生きたい……っ…」

    目をぎゅっとつぶり、身体を丸めながらも、
    最後の力を振り絞るように呟いた月花が、
    一体なにを思い、そう言ったは、わからない。

    だけど、魔王は、まるですべてをわかっているかのような顔で、
    ゆっくりと頷(うなず)いた。

    「―ならば、生きろ。
     …月花(げっか)。 私の宝。…―はじめてできた、私の家族…」

    魔王は、微笑んでいた。
    その笑顔は、すべてを包みこむように力強くも、
    打ち震えるような情を宿していた。

    「…はじめて、月花って…呼んだ…」

    月花は、眉をゆがめ、笑った。
    茫然としたような声は、途中からとろけていた。
    その微笑みは、まるで、眠りにつく天使のようだった。


    「―いくらでも呼んでやる。だから、私の側にいろ」

    「…やだよ…だからあんたは嫌いなんだ…。
     いつだって、わがままで強欲で…」

    (―誰よりも、優しくて)

    わたしには、そう聞こえた。姫巫女(ひめみこ)だからじゃない。
    きっと、月花は、もうひとりのわたしなんだ。
    なにより、潤んだような声が、瞳が、もうすべてを語っていた。

    月花は、すうっと腕を差し出した。
    青い血液にまみれたそれは、ぼんやりとひかっていた。
    ―ペンダント。
    そのなかに収められたのは、
    月花があの時、決死の勢いで奪った、魔王の右目。

    「…等価交換だ」
    月花は、挑むように言った。

    魔王は、それを受け取ると、静かに、だけど力強く頷(うなず)いた。

    「―了承しよう」

    魔王が差し出した心臓を、月花はかじった。

    すごくグロテスクな光景のはずなのに、
    わたしには、それが、ひどく神聖なものように思えた。

    たぶん、これが、月花と魔王の交わした、
    最初の約束で、最後の契約で、永遠の誓約なんだ―。

    わたしは、このときだけは、ただの傍観者だった。

    その時、鐘がなった。遠くで聞こえる、祝福の調べ。

    それは、時空を越えて、
    ふたつの世界とその物語が、鏡うつしに繋がったようだった。

    わたしと魔王は、この先を歩いてゆく。

    月花はきっと、同じ道を歩んだりはしない。

    それでも、ふたりの間に結ばれた約束は、
    この先なにがあったとしても、けして途切れたりはしないと思った。
    ―だってもうふたりは、心臓を、同じ血を分かち合った、
    “家族”なんだから。




    ―月花は、今日を持って、青い血ではなくなった。

    魔王の心臓とそこから生まれつづける血液は、彼に赤い命を灯した。

    彼の血液は、もはや世界にたったひとつの青ではなく、
    鳩(はと)のような、美しいピジョン・ブラッドだ。

    最高級のルビーにも似たその美しく艶(あで)やかな色は、
    まるで魔王の片割れのように輝く。

    それは、月花がこの世にひとりぼっちではなくなった瞬間だった。

    「…これで、ほんとうの家族だな」

    魔王は、月花の髪に触れた。
    そのまま、頭を、ゆっくりとなぜる。
    それは、父親のようであり、兄のようであり、そのどちらでもなかった。

    月花は、ゆっくりと顔をあげ、金色に染まった瞳で、魔王をみつめた。

    「…ぼくは、魔王とは違うよ」

    「…いいや。同じだ」

    「―そう。」

    その瞬間の月花の表情を、わたしはきっと一生忘れない。
    嬉しそうで、くすぐったそうで。
    ―まるで、ほころんだ花のようだった。

    …あるいは、天に咲く孤独な月の花が、
    この手で触れることのできる地上の花となった、
    その瞬間なのかもしれなかった。

    魔王は、頭をなぜていた手を、頬まですべらせた。
    月花は、やっぱりくすぐったそうにしながらも、もう抵抗しなかった。
    その頬は、紅色に染まっていた。

    「―おまえは美しいな」

    「…あんたは、気持ち悪いよね」

    今更(いまさら)のように、魔王は言った。
    月花は、気づかないふりをするように、毒舌で返す。

    「抵抗しないのだな」

    「…したほうがよかった?」
    自らの頬に触れる魔王の手を掴んだ月花は、少しじと目だ。
    それでも、その口調はどこか面白がっているようにも聞こえた。

    「…いや。どちらのおまえも、魔王はすきだ」

    「―変なやつ」

    真剣にぼける魔王に、おかしそうに笑う月花。

    それから月花は、そっと魔王の手をはがした。

    「じゃあ、ぼくはもう行くから」

    「―どこにだ」

    「どこだっていいでしょ」

    「よくない」

    「…調子乗りすぎ。
     でも気が向いたら、帰ってきてやってもいいよ」

    「なら、これを持っていけ」

    魔王は、きらきらと輝くものを月花に投げた。

    「…これ」

    それは、さきほどのペンダントだった。
    中には、星状の光が宿ったピジョン・ブラッドのルビーが入っていた。

    「我が父の形見だ。
     生ものではないから、私の瞳と違って、魔力の反動もないだろう。
     その代わり、大事なものだから、ちゃんと返すのだぞ。
     ―なくしたら、おしおきだ」

    「首輪でもつける気?
     保護者ヅラして、正直気持ち悪いんだけど」

    「保護者だからな」

    「……うざ…っ」

    月花の軽口は、それでもどこか、なごりおしそうにみえた。
    その気になれば、前のように、魔王に構わず去ることもできただろう。

    でも、そうしないのは……。

    「ばいばい」

    月花は後ろを向いて手をふった。

    「ああ。気を付けるのだぞ」

    その言葉にはもう返答はなかった。
    立つ鳥、後を濁(にご)さず。

    だからわたしは、雪に散った一滴のしみには、気づかないふりをした。

    でも、それは、なんとなく、悲しみの涙ではない気がした。

    ―だってそれは、確かに、
    “いってきます”と、“いってらっしゃい”の言葉だったから。

    …月花の帰る場所が、
    たぶん生まれてはじめてできた瞬間だったから。




    ―お伽話(おとぎばなし)を語ろう。
    月夜の小夜曲<セレナーデ>に導かれた、
    “わたし”と“彼”は、ちがう道を歩くことを決めた。

    でも、その終点には、魔王“カゲハ”がいる。

    わたしの旦那(だんな)さまであり、
    彼の兄であり、父であり、そのどれでもない、<家族>が。







      だから、これはきっと…、

             “家族<しあわせ>のものがたり”、なのだ。













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